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重たい女歴31年のわたしが色々書くブログ

日々雑感 タイトル設定から+1年が経過しています

涙って心からの出血なのよね、そうよね

齢32のこの年が、おそらく一生で一番泣く年なのかなと思っています。

彼が存命中から、喧嘩する度によく泣いていましたし。

 

日本の文化風習とこちらのそれは若干違うので、そういったことも戸惑いつつ、自分なりに気持ちにけじめをつけようともがいて色々やっています。

 

通える限り、彼のお墓に通おうと思っています。

ちなみに現住所からバスで片道4時間ほどを要する彼の生まれ故郷にお墓があります。

 

この片道4時間の道のり、結構暇なんですよ。

往路は金曜の午後、仕事を早退して最終便(って言っても15:00頃出発)に乗るのでそのうち日が暮れて来ます。

この間は日本の頃みたいに文庫本を広げて読書を試みたのですが、集中できませんでした。

色んな人が乗っているのでipad miniで読書というのはちょっと難しい状況ですし。

復路は日曜日の朝です。日が暮れるまでなら何時でも良いんですけど、洗濯したりゆっくり自室で過ごしたいので早めに出ています。

帰りのほうがメンタルキツイです。ポロポロ泣いちゃいます。サングラスで隠しますが。

 

そしてこの間ふと気付きました。

涙って血液なんですよね。

タオルがじとっとするくらい、たくさんの涙を流すということは、それくらい血を出しているということですよね。

まるで心に付いた傷から血が目を介して噴き出しているんでしょうね。

一生塞がらない傷のような気がします。

 

彼は頭から血と脳みそを噴き出して亡くなったのでしょう。

夜のニュースで彼の血で真っ赤になったワゴン車を観ました。

彼との対面時にはすでにエンバーミングされていたので、美しく安らかな寝顔でした。

本当に眠っているだけのよに見えたので、いつもはいびきをかいていたけれど、無音だったから不思議な感覚でした。

 

日本人の感覚からすると、まだ四十九日あけてないので、彼はこの世にいます。

でもどこに居るのかな?と考えこんでしまいます。

死んだことに気づいてなかったら、まだ犯行現場でフワフワしているかもしれません。

それか亡くなった車中に居るのかもしれません。

お空の彼方に行っちゃったかもしれないし、まだわたしの後ろに居てくれているかもしれません。(そうだったらいいな。)

でもわたしにとって、彼が居るところはお墓の中です。

 

日本と違って「その時」に手作りするお墓は、まだお葬式の時のままになっています。

この間、たくさんの蟻が列をなしていたので追い払おうとしたら、飾りのお花の影で、ヤモリかトカゲが朽ち果てていました。

この子だって生を全うして、そして彼のお墓のお花の影を最期の場所に選んでくれたのかもしれないと思って、そのままにしておきました。

 

彼の思い出と共に生きる、なんで甘っちょろくてカッコイイ生き方はわたしにはできません。

あの日以来、お部屋の掃除をしていません。彼の抜け毛が落ちてるから。まだ拾っています。

彼の脱いだ服もそのままになっています。

ずっと「何で彼だったんだろう」「何であの時引き止めなかったんだろう」って後悔して、わたしの番が来るのを待つことになるでしょう。

 

 

死んだらおしまい、ではなかった

死んだらおしまい、ではなかった

 

 これ、ちょっとだけ助けられた本です。